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【コラム】映画『ちょんまげぷりん』に描かれた、オトナの見たポケモンカード

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ちょんまげぷりん』という映画、ポケモンカードファンの間では一体どのくらい知られているのでしょうか。

実はこれ、ポケモンカードにご縁のある映画です。

 

ポケモンカードが登場する映画としては、劇場版ポケットモンスター幻のポケモン ルギア爆誕』や、映画『名探偵ピカチュウ』等のポケモンの映画が広く知られているかと思います。

一方、この『ちょんまげぷりん』という映画はポケモンの映画ではありませんが、ポケモンカードが登場します。

しかも、単なる小道具ではなく、それなりに意味のあるアイテムとして使われているのです。

もちろん撮影協力一覧にも「The Pokémon Company」の名前が。

今回はこの作品中のポケモンカードの登場シーンに注目し、その描かれ方の背景を考察していきます。

 

尚、所謂ネタバレには配慮しませんので、気になる方は映画をご覧になってから読み進めてください。

キャプチャ画像等の提示はここでは避けますが、ライチュウ(L1)とハヤシガメ(バトルスタートデッキ)が使われているようです。

 ■映画『ちょんまげぷりん』について

映画『ちょんまげぷりん』は、2010年7月31日に公開された作品です。

2006年9月26日発行の荒木源の同名の小説(原題『不思議の国のやすべえ』)を原作にしています。

 

物語は、錦戸亮の演じる江戸時代の侍、「木島安兵衛」が現代に突然タイムスリップするところから始まります。

安兵衛がそこで出会うのが、ともさかりえの演じるシングルマザーの主婦、「遊佐ひろ子」。

そして、鈴木福の演じる4歳の保育園児、「遊佐友也」。

 

安兵衛はなりゆきで遊佐家に居候することになり、家事を引き受ける中でひょんなことから洋菓子作りに目覚めます。

やがて安兵衛はパティシエとして働きに出るようになり、ひろ子や友也との間にはすれ違いが。

紆余曲折の末、安兵衛・ひろ子・友也はお互いの大切さに気付きますが、そこで再び安兵衛は元の時代に引き戻されてしまい、それぞれが想いを胸にそれぞれの時代を生きていくことになるのでした。

そんなお話。

 

「現代にタイムスリップした侍」を堅苦しくもコミカルな演技で完璧に演じ切る、映画初出演かつ初主演だという錦戸亮

その違和感を浮き立たせるためか、徹底した「普通の女の人」として振る舞うともさかりえ

「普通の保育園児」の演技が異常に自然な当時5歳の鈴木福

家庭の温かさを描くコメディであり、社会問題を浮き彫りにするファンタジーであり、様々な角度から楽しめるエンターテイメントです。

なかなか注目すべきポイントの多い作品です。

 

■物語の中でのポケモンカードとその役割

ちょんまげぷりんシナリオブック』という、映画『ちょんまげぷりん』のシナリオを書籍化したもの発売されていますので、ここではそちらを引用しながらそれぞれのシーンに対する考察を加えてみます。

映画ではカットされているシーンもありますが、そちらも含めて取り扱います。

 

●シーン1

物語は安兵衛が現代にタイムスリップするところから始まります。

ひろ子と友也と安兵衛は、遊佐家のマンションの前で偶然出会います。

状況を理解できておらず混乱する安兵衛を中心にひと悶着の末、ひろ子は途方に暮れている安兵衛を自宅に招き入れ、夕食を振る舞うことに。

すると突然、友也がさめざめと泣き出します。

 

友也「ポケモン……見れなかった」

安兵衛「ぽけえもん?」

ひろ子「あー、ごめん。忘れてた。しょうがないじゃない。今日は色々あったんだから」

友也「(しくしく泣く)」

ひろ子「泣かないの。今日は色々あったんだから」

友也「だったらポケモンカードやってよ」

ひろ子「ダメ。いつもと違って、今日は色々あったんだから」

安兵衛「拙者にできることであれば、なんなりと……」

(2010.7.31『ちょんまげぷりんシナリオブック』p.26-27, 株式会社M.Co.)

 

ここから友也についていくつかのことが読み取れます。

ポケモンのテレビ番組(恐らくアニメ『ポケットモンスター』)を欠かさず見ようとしているくらいポケモン好きであるということ。

日常的にひろ子とポケモンカードで遊んでいるということ。

ここでのポケモンカードは幼い子供の趣味、そして親子のコミュニケーションツールとして描かれています。

 

そして次のシーン、安兵衛は友也にポケモンカードの遊びかたを教わりながら、対戦相手を務めます。

 

友也「いい?おじさんもまず一枚ひくでしょ」

ポケモンのカードゲームを教わっている安兵衛。

安兵衛「で、拙者がこの札に書いてある技をかける、と……」

友也「違う!エネルギーが貯まってないでしょ!まだ技は使えないの!」

安兵衛「これは手の打ちようが……『終わります』」

台所で洗い物をしているひろ子。

そのそばに安兵衛の大小の刀が置かれている。

安兵衛の声「十まんぼると!」

友也の声「だからダメだよ!エネルギーが足りないじゃん!」

安兵衛の声「むう……こ、これは失礼した……」

(2010.7.31『ちょんまげぷりんシナリオブック』p.28, 株式会社M.Co.)

 

ポケモンカードの遊びかたが覚えられず四苦八苦する安兵衛と、無邪気な厳しさで接する友也の姿が対照的に描かれています。

実は、安兵衛と友也がひろ子を介さずやり取りするのはここが初めてです。

ここでのポケモンカードは、コミュニケーションの切っ掛けという物語上の重要な役割を持つキーアイテムです。

それも、安兵衛と友也という全くバックグラウンドの異なる2人の、初対面同士でのコミュニケーションの切っ掛けです。

そこにポケモンカードが選ばれたという驚きと共に、一人のファンとして喜びを感じます。

 

友也とひとしきり済んだ後、安兵衛はひろ子と話すうち、やがて自分がタイムスリップしたことに気付きます。

途方に暮れる安兵衛でしたが、宛てもなくその夜のうちに遊佐家を後にします。

 

友也「おじさん、今度はスタンダードデッキやろうね」

一瞬笑顔になり、深々と頭を下げる安兵衛。

安兵衛「今日の恩義、決して忘れ申さぬ。しからば、御免」

背を向け、去っていく安兵衛。

(2010.7.31『ちょんまげぷりんシナリオブック』p.28, 株式会社M.Co.)

 

友也は「スタンダードデッキ」という新たな遊び方を安兵衛に提示しました。

「スタンダードデッキ」というキーワードは映画ではカットされましたが、大筋で影響はないかと思います。

ポケモンカードは大人でもすぐには覚えられない程度の複雑なゲームであるということが先のシーンでは描かれていましたが、ここでは少し時間をかければ楽しみが理解できる程度には簡単なゲームであることが伝わります。

ここで、ポケモンカードを通じて友也と安兵衛のコミュニケーションが深まったことも見て取れます。

 

念のためですが、ここで友也の言う「スタンダードデッキ」は30枚のデッキで遊ぶ「ハーフデッキ」に対して60枚のデッキでの遊び方を指しているものと思われます。

2022年現在で言うところの「スタンダードレギュレーション」のデッキではない可能性が高いです。

 

原作「不思議の国のやすべえ」出版が2006年9月26日。

映画『ちょんまげぷりん』のクランクインが2010年の2月6日。

(参考:錦戸亮“ちょんまげパティシエ”役で映画初主演 : 映画ニュース - 映画.com

この2000年代後半から2000年にかけては、30枚のデッキで戦う「ハーフデッキ」という遊び方が初心者向けの商品や公式大会予選等で採用されていて、それなりの存在感を持っていた時代です。

 

●シーン2

物語中盤。

安兵衛は再び遊佐家に戻り、今度は居候することになります。

そしてある週末、安兵衛と遊佐家は江戸時代に安兵衛の住居があった場所を訪れることに。

その帰り道、江戸時代と現代との違いについてひろ子と安兵衛は語り合います。

 

寝てしまった友也をおぶって歩く安兵衛。

安兵衛「子供が悪さをしたら、怒るのは当然でござろう」

ひろ子「そうなんだけどさ、怒るのって面倒くさいっていうか疲れるっていうか、結構エネルギーいるんだよね」

安兵衛「えねるぎーが貯まらねば、技もかけられぬゆえの」

ひろ子「あぁ、ポケモンか」

安兵衛「江戸であって江戸でなし……こちらで暮らすには、えねるぎーが、ずいぶんたくさん要るのでござろうな」

(2010.7.31『ちょんまげぷりんシナリオブック』p.64, 株式会社M.Co.)

 

ここで再び「ポケモン」というキーワードが登場。

安兵衛と友也がポケモンカードで遊んでいた序盤のシーンが伏線になっています。

子供を叱るのにはエネルギーが要る、というひろ子の話に対し、安兵衛は「叱る」行為をポケモンのワザに擬え、ポケモンカードを通して学んだエネルギーの概念を引き合いに出して理解を示します。

ここでのポケモンカードは、「エネルギー」という概念の理解への手がかりです。

ポケモンカードはこの世界の仕組みや言葉を知るためのツールとしても描かれているのです。

それはもちろん、友也のような子供にとっても役に立つものです。

 

ちなみに、ポケモンカードでもお馴染みの「エネルギー」という言葉は元々ドイツ語。

ドイツの学者トーマス・ヤングが、1807年にその著書「自然哲学及び機械技術に関する講義(題名は日本語訳)」で初めて用いたそうです。

(参考:工学の曙文庫 世界を変えた書物 金沢工業大学ライブラリーセンター

こういったドイツ語の多くは、江戸時代末期となる19世紀後半にその他多くの科学的な知識と共に日本に流入しました。

江戸のお侍さんである安兵衛は「エネルギー」という言葉をきっと知らなかったことでしょう。

そのため、先述のシーンでは「エネルギー」という概念をポケモンカードの文脈から持ち出してきたのです。

 

原作「不思議の国のやすべえ」が出版された2006年は、ポケモンカードの商品展開で言うと大体PCGシリーズの時期です。

当時の対象年齢は10歳でしたが、4歳の友也は安兵衛に教えられるくらいしっかりとポケモンカードを遊んでいます。

今のポケモンカードのトーナメントシーンで言うとイタガキシュウト選手やアライケイト選手辺りは近い年齢からポケモンカードをプレイしていたという逸話があり、珍しいケースではあるもののフィクションとして現実的なラインの描写ではあります。

ポケモンカードが興味や意欲さえあれば対象年齢を大きく下回る子供にも楽しめるゲームである、という側面がしっかり捉えられて作中に描き出されている、というのは驚くべきことでしょう。

 

■『ちょんまげぷりん』にポケモンカードを描いた男「荒木源」

ここで、『ちょんまげぷりん』の原作者である「荒木源」という作家にフォーカスし、ポケモンカードとの関わりに迫ってみます。

 

荒木源は1964年京都府生まれの小説家です。

1996年に朝日新聞を退社ご主夫となり、『骨ん中』(2003年)で作家としてデビュー。

2017年頃まで兼業主夫として活動していたようです。

ちょんまげぷりん』(2010年)以降、いくつかの作品が映画化されています。

 

ちょんまげぷりん』に関しては、2006年に『ふしぎの国の安兵衛』を発表、2010年に『ちょんまげぷりん』への改題の後映画化。

自身の主夫としての生活の中での経験が、作品のヒントになったと語られています。

 

ちょんまげぷりん』は、あるシングルマザーの前に突然タイムスリップして現れた江戸時代の侍が、居候をして家事全般を引き受けるという話です。私が20年前に会社を辞め、小説を書きながら兼業主夫をしてきたその経験が反映されています。これまでの作品はそんなふうに、ファンタジーでも自分の体験をもとにしたものが多かった。

講談社Book倶楽部, 映画化連発! 荒木源の最新作『人質オペラ』はリアル・テロ群像劇, 2022.7.31.PM17:30確認)

 

荒木源には息子が1人いるとのこと。

2017年には大学生になったということなので、1997年前後生まれといったところでしょう。

その息子が『ちょんまげぷりん』の友也のモデルになったのだということを、映画で友也を演じた鈴木福に語っています。

 

「おじちゃんにも男の子の息子がいて、友也はその子をモデルに書いたんだよ。」

(2010.7.31 『ちょんまげぷりん パンフレット』p.33, 株式会社 STORM)

 

荒木源自身は1964年生まれ、1996年からの第一次ポケモンカードブームの頃は30代半ば。

基本的には第一次ポケモンカードブームを当事者として経験していない世代です。

映画『ちょんまげぷりん』におけるポケモンカードに関する正確な描写は、育児の中での経験に由来するものであろうと推察できます。

 

■荒木源と同世代、「俵万智」の見たポケモンカード

荒木源自身がポケモンカードについて直接言及した資料は自分の調査では見つけられませんでしたが、同世代と言える歌人俵万智のエッセイが大いに参考になるものだったので紹介します。

 

俵万智は、1962年大阪生まれの歌人です。

荒木源より2歳年上相当ですね。

1987年出版の歌集『サラダ記念日』が特に知られています。

2003年に息子が産まれており、その育児についてのエピソードが「かーかん、はあい 子どもと本と私」(2008年)に記されています。

「かーかん、はあい 子どもと本と私2」(2010年)には、ポケモンカードに関する一遍が「ポケモンを窓にして」というタイトルで綴られています。

 

「好き」ということから生まれるパワーは、すごい。息子は今、ポケットモンスターポケモン)に夢中で、ポケモンのこととなると、異様ながんばりを見せ、しばしば私を驚かせる。

(中略)

きっかけは、去年の秋。近所の小学生のお兄ちゃんたちが、ポケモンのカードゲームをしていた。

(中略)

それからは「ポケモンのカード買って買って」攻撃が続いたのだが、幼稚園児には無理だろうと思って取り合わなかった。

(中略)

しかたなく私も腹を据えて、試行錯誤に叱咤激励、右往左往しながら三カ月。ついに一人で、まともに対戦できるところまでこぎつけた。

(中略)

ポケモンを窓にして、いろいろなことを学ぶ。それは算数の時間に足し算を、国語の時間に漢字を、机に向かって教えられるより、たぶんずっと楽しい。

(2010.1.31 『かーかん、はあい 子どもと本と私2』p.70-73, 朝日新聞出版)

 

自分ではポケモンカードに触れてこなかった大人が、子供とポケモンカードの関りを通じて「好き」という気持ちの力強さに気付くエピソードです。

ちょんまげぷりん』に描かれた友也の様子と、それを見て驚く安兵衛の姿にも重なるものがあります。

これは想像ですが、荒木源もこの俵万智のエピソードとそう遠くない体験をしていたことでしょう。

 

■『ちょんまげぷりん』のポケモンカードから見えるもの、まとめ

ポケモンカードを通じて世界と繋がっていく子供と、驚きつつもそれを見守る大人の視点。

それが、僕が濃い目のポケモンカードファンという視点から見出した、この映画『ちょんまげぷりん』という作品の見所です。

 

もちろん、ちょんまげぷりんポケモンカードの映画ではありません。

見る人毎に違った見所が見出せるのでは。

未視聴の方、是非どうぞ。