【コラム】「単デッキ」ってなんなんだ
こちらの画像をご覧ください。
ハッサムexとアルセウスVSTARが、単デッキとはなんなのかについて争っている図です。
さて、拡張パック「スターバース」発売後の対戦環境で、「アルセウス単」と呼ばれるデッキが話題になったことはまだ記憶に新しいところでしょう。
「アルセウスVSTAR」と「インテレオン」の進化ラインを組み合わせたデッキのことです。
しかし、「ハッサム単」ぐらいの頃からポケモンカードに取り組んでいる人なら、こういった構成のデッキを「アルセウス単」と呼ぶことには違和感を覚えるはず。
この「アルセウス単」という呼称が正しいのかどうか、Twitterなんかではちょっとした論争になったりしましたね。
争いはよくない。
そんなわけで、今回は「単デッキ」という言葉の歴史を読み解き、無益な争いに終止符を打ちましょう。
「ハッサム単」によって定義づけられた「単デッキ」
ポケモンカードにおける「単デッキ」という言葉が定着したのは2005年。
ポケモンを「ハッサムex」の進化ラインのみに絞った特異な構築のデッキが登場し、「副島ハッサム」「九州ハッサム」と呼ばれつつやがて「ハッサム単」として定着していったのが事の発端です。
「ハッサム単」の発生経緯については、当時からトーナメントプレイヤーであった葱氏が非常によくまとまった説明をしてくれているので、下記に引用します。
2005年の春の公式大会の九州会場で「ハッサム単」というデッキが優勝しました。
当時のポケモンカードは展開補助のポケモンを並べて展開するデッキが多く、メインアタッカーであるハッサムexしかポケモンが入ってないこのデッキは画期的な構築でした。
このデッキは製作者で優勝者である副島氏の名前を冠して「副島ハッサム」と呼ばれました。
他にもハッサム単ほどメジャーにはなりませんでしたが九州ではウインディ単等のデッキも使われていました。(【無料】副島ムゲンダイナ デッキレシピ&解説, 2022.05.25.AM4:09確認)
「ハッサム単」のレシピについては、同じく当時からトーナメントプレイヤーであった奏天氏の記事をおすすめします。
https://82725.diarynote.jp/201511201830285786/
この「ハッサム単」を基準として、ポケモンカードにおける「単デッキ」という概念が半ば確立されました。
そもそも、「ハッサム単」の場合の「単デッキ」の定義は、「ポケモンが単一の進化ラインのみのデッキ」であることだったのでした。
「定義」という言葉はやや強すぎるかもしれませんが、そう言っても差し支えないだけの共通認識が当時からのプレイヤーの間には醸成されています。
「マジック:ザ・ギャザリング」における単デッキ
ポケモンカードのアイデアの基となった、「マジック:ザ・ギャザリング(通称MtG)」というトレーディングカードゲームがあります。
ポケモンカードのプレイヤー達は、そのMtGから多くの専門用語を借用しています。
MtGでも「単」という言葉はデッキの構築パターンを指すのに使われています。
MtGの場合、「単デッキ」は主にデッキに採用されているカードの色(ポケモンカードの「タイプ」相当)の種類が単一であることを指します。
ポケモンカードの「単デッキ」も、語源としてはMtG由来だと思われます。
が、ポケモンカードの場合は色(タイプ)よりもメインアタッカーの選択の方がデッキの方向性に与える影響が大きいこともあってか、「単デッキ」でタイプ(色)を指すことは稀です。
餅は餅屋ということで、MtGの専門用語についてはMtGのWikiでご確認ください。
「ハッサム単」以降の単デッキ
「ハッサム単」の構築セオリーを応用する形で後にしばしば新たなデッキが登場し、それらは「〇〇単」と呼ばれることとなります。
メジャーな例をいくつかご紹介します。
ハピナス単(2007)
「ハッサム単」と同じ環境で共存し、勝るとも劣らない人気を博していた単デッキの一つです。
こちらは耐久力がやや低い点を復帰力の高さでカバーすることで継戦能力を確保しています。
後に登場した「ハピナスV(S6K)」は「ハピナス(DP2)」のリメイクとも呼ぶべき性能をしており、そちらでも「令和ハピナス単」等と呼ばれるデッキが生まれました。
アイアント単(2011)
後に「アイアントLO」と呼ばれるコントロールデッキですが、登場直後は「アイアント単」と呼ばれていました。
「ハッサム単」とは異なりベンチに複数のポケモンを展開することが前提のデッキですが、「単デッキ」と呼ぶに際してその点は問題視されませんでした。
手前味噌ですが、こちらの記事が詳しいです。
【コラム】相手の山札を0枚にする、そのデッキを何と呼ぶか - ニモノログ
ニンフィア単(2017)
当時の対戦環境におけるコントロールデッキの代表格であった、ニンフィアLOデッキの一種です。
他のポケモンを採用した「奈良ニンフ」と対を成す呼称でもあります。
ニンフィアLOについては下記の記事が詳しいです。
フェロマッシ単(2021)
「ハッサム単」の流れを汲んだ形での「単デッキ」としては直近で最も活躍したデッキなのではないでしょうか。
ちなみに、高耐久・高火力のむしポケモンのデッキであるという点が「ハッサム単」と共通しています。
CL2019千葉でこのデッキを使って優勝した、ゆうゆう選手のインタビューが残されています。
チャンピオンズリーグ2019 千葉レポート | ポケモンカードゲーム公式ホームページ
……
サンプルとしてはざっとこんなところでしょうか。
切りがないのでここに挙げなかったものも沢山あります。
このように、「ハッサム単」によって確立された「単デッキ」という構築パターンはその呼称と共に脈々と受け継がれているのです。
「ハッサム単」以前の「単デッキ」
ここで一旦、「ハッサム単」より前の時代に視点を移してみましょう。
当然と言えば当然ですが、ポケモンをメインアタッカー1種類のみに絞ってその他のカードで全力で支援する、という発想に基づく構築は「ハッサム単」が最初ではありません。
それこそ第1弾が発売された当初から、様々な構築が生まれては消えていきました。
その中で比較的メジャーな例をいくつか紹介します。
サンダー(1998)
「サンダー(ポケモンカードGB)」の「サンダー」デッキ。
この「サンダー」はゲーム内のデータにしか存在しないカードでしたが、多くのプレイヤーがこれを使った「単デッキ」構築に辿り着いていたようです。
鋼ラッキー(1999)
「ラッキー(第1弾)」の「鋼ラッキー」。
ラッキーを「単デッキ」の形にする発想自体は、新しいものではありませんでしたが、拡張パック「金、銀、新世界へ...」に収録された「特殊鋼エネルギー」によって一気に実用圏内に。
殿堂ルールが制定されるまでの間、店舗大会などの市井の対戦でしばしば使われていました。
今となってはこのデッキを「ラッキー単」と呼ぶこともありますが、当時は単に「鋼ラッキー」と呼ばれていました。
山焼きコータス(2003)
当時のハーフデッキ環境で猛威を振るったLOデッキです。
「コータス単」でもありませんでしたし、「マグマやきコータス」でもありませんでした。
二度目の手前味噌ですが、こちらの記事が詳しいです。
【コラム】相手の山札を0枚にする、そのデッキを何と呼ぶか - ニモノログ
……
「ハッサム単」以前の「単デッキ」は、メジャーなものがそもそもあまり多くありません。
6枚のサイドカードを取ることが第一勝利条件であるポケモンカードゲームにおいて、サイドカード4枚ぶんずつの単一の進化ラインでそれを達成しようとするのがそもそも無茶な訳でして。
それがようやくサイド2枚分の強さを持つ「ポケモンex」によって現実味を帯び、「ハッサム単」によってようやく大成したという解釈が妥当なところでしょう。
こうして振り返ると、「ハッサム単」が後世に与えた影響の強さをひしひしと感じます。
「単デッキ」の新たな定義を生んだ「アルセウス単」
そして時代は流れ、「〇〇単」の名を冠する新たなデッキが登場しました。
「アルセウス単」です。
「ハッサム単」から続く「単デッキ」の文脈に沿って考えるならば、「アルセウス単」と呼ばれるデッキのポケモンは「アルセウスVSTAR」の進化ラインのみであるはずです。
ところが実際のところ、所謂「アルセウス単」デッキには他にも多数のポケモンが投入されています。
「インテレオン」の進化ラインと「マナフィ」辺りは標準搭載されていますし、あまつさえ「スターミーV」等の純然たるサブアタッカーが採用されている場合さえあります。
一体どういうことなのか。
さて、ここで「アルセウス単」と呼ばれるデッキが成立するまでの経緯について、「アルセウスVSTAR」を中心に整理してみたいと思います。
「アルセウスVSTAR」がリリースされたのは拡張パック「スターバース」。
ワザ「トリニティノヴァ」でベンチのポケモンVにエネルギーカードをつけて加速でき、更にそのタイプに指定がないという点が注目を集め、様々なポケモンとの組み合わせが試されました。
加速先としては「はくばバドレックスVMAX」や「ジュラルドンVMAX」など、エネルギーの供給に課題を抱えている重めのアタッカーが選ばれることが多かったです。
そうやって出来上がったデッキは、主にポケモンの名前を組み合わせて「アルセウス〇〇」と呼ばれました。
また、「トリニティノヴァ」のテキストにタイプの指定がないことを活かしてアタッカーを複数使い分けるデッキもかなりのバリエーションが作られました。
単色のものはタイプの名前を取って「〇〇アルセウス」、複合色のものは「アルセウスバレット」等と呼ばれました。
これに対し、「トリニティノヴァ」で次々と「アルセウスVSTAR」を育てるというシンプルな戦法を取るデッキが後からじわじわと台頭し始めます。
この辺りの流れは、おすぎさんが調査・報告されている「ポケカ環境レポート」から読み取ることができます。
こちらが「スターバース」発売直後の週末のデータ。
「白馬のほとんどがアルセウス型」であり、その「はくばバドレックス」のシェアが約10%という一方で「その他アルセウス」のシェアが約5%。
アルセといえばはくば、という状態です。
【ポケカ環境レポート 1/14(金)〜1/16(日)】
— おすぎ🔍環境自動分析システムつくるひと (@osgggg) 2022年1月17日
・全476試合分のデータ
・ミュウがシェアトップ
・白馬のほとんどがアルセウス型
・れんげきウーラオスが3位
・意外にもカラマネロが4位
・ライチュウ/フーパファイヤ/ジュラが好調?
※母数の少ないデータはご参考程度に#ポケカデータラボ pic.twitter.com/hM9X0ghcaw
そしてこちらが「アルセウスVSTAR」が優勝したCL2022愛知当日のデータ。
「水アルセウス」が約12%のシェアを獲得しています。
アルセと言えば水、です。
【CL愛知2022 速報レポート 3/27(日)】
— おすぎ🔍環境自動分析システムつくるひと (@osgggg) 2022年3月28日
・全480試合分のデータ
・ミュウが圧倒的シェアトップ 18.54%
・水アルセウス12.71%でシェア2位
・白馬が3位と意外な結果の一方で成績伴わず
・WTB シェア4%弱とかなり数を減らしていた模様
・ハピナス、ミルタンクはほぼいなかった#ポケカデータラボ pic.twitter.com/XxPYawh6fe
この「アルセウスVSTAR」と「インテレオン」を構築の軸とするデッキは、構築パターンが殆ど確立されてからも様々な呼称が使われています。
どれも一長一短で統一される気配がありません。
「はくばアルセウス」等との混同の可能性のある「水アルセウス」。
「アルセウスインテレオンVMAX」との混同の可能性のある「アルセウスインテレオン」。
略称がまとまりにくい「アルセウスうらこうさく」。
そして、これまでの「単デッキ」の定義とは大きく異なる「アルセウス単」。
ちなみに、先のCL2022愛知で優勝されたコハクさんのデッキ名は「アルセウス裏工作」だそうです。
ちなみに僕のデッキは アルセウス【裏工作】です!
— コハク (@58CUNE) 2022年3月29日
単とは違います!
重要なのは、この「アルセウスVSTAR」「インテレオン」デッキの様々な呼称が、いずれも先発のアーキタイプとの差別化のために生み出されたものであるということです。
「アルセウス単」はその中の一つに過ぎません。
そう捉えると「アルセウス単」という言葉の意味が見えてくるのではないでしょうか。
僕の解釈では、「アルセウス単」の場合の「単デッキ」の定義は「メインアタッカーが単一の進化ラインのみのデッキ」であることです。
サブアタッカーやシステムポケモンの存在は端から考慮されていないように見えます。
ちなみに、「ハッサム単」の場合の「単デッキ」の定義は「ポケモンが単一の進化ラインのみのデッキ」であるということを先に述べました。
確かに、「ハッサム単」の文脈に沿って解釈すると「アルセウス単」を「単デッキ」として扱うのは間違いであると感じてしまいます。
しかし、ここはただ単に「単デッキ」の定義が揺らぎ、その概念を拡張しつつあるとフラットに捉えるのがよいのではないでしょうか。
ネガティブなニュアンスを持つ「やばい」がポジティブなニュアンスを取り込んでいったのと同じような。
個人的にはどちらも受け容れ難いですが、それはそれとして。
本当に「アルセウスVSTAR」しか入っていない正真正銘の「アルセウス単」が出てきたときどうするんだという議論もあろうかとは思いますが、それはそのときで。
まとめ
簡単にまとめるとこういうことです。
まず、後に「ハッサム単」と呼ばれるデッキが世に現れました。
ポケモンを複数採用する既存の構築セオリーに沿ったデッキとの差別化のため、「ハッサム単」のような構築セオリーを持つデッキは「単デッキ」と呼ばれました(狭義の単デッキ)。
次に、後に「アルセウス単」という呼ばれるデッキが世に現れました。
メインアタッカーを複数採用する既存の構築セオリーに沿ったデッキとの差別化のため、「アルセウス単」のような構築セオリーを持つデッキも「単デッキ」と呼ばれました(広義の単デッキ)。
めでたしめでたし。
ところで近年、ポケモンカードのプレイヤーコミュニティは急激に拡大しており、その中で新たな文化の担い手によって古い文化が飲み込まれていくような場面にしばしば出くわします。
「アルセウス単」という言葉の登場はその一つの例と言えるでしょう。
そう言えば、伝統的な「単デッキ」スタイルのデッキって、割としばらくメジャーなものを見かけないですしね。
正しいのか正しくないのかはやがて時代が決める、そういう無責任な態度で世界の行く先を見守っていきたいと僕は思います。
本当に「アルセウスVSTAR」しか入っていない正真正銘の「アルセウス単」が出てきたときどうするんだという議論もあろうかとは思いますが、それはそのとき。
あっ、でも。
僕の「はくばスイクン」のことを「はくば単」って言われたのだけはずっと納得いってないです。
スイクンかわいそうでしょ。
ちょっと男子。